平成20年7月 岩手・宮城内陸地震発生
 6月14日(土)午前8時43分ころ、岩手県内陸南部を震源とするマグニチュード7.2の地震が発生し、大崎市も震度6弱の地震に見舞われました。同日午前9時に災害対策本部を設置し、被害の全容掌握と救援、復旧に全力で対応しました。
 阪神・淡路大震災に匹敵する規模の大地震により、300人を超える死傷者と多くの土砂崩れや道路の崩壊が発生し、交通網が寸断されて孤立する集落が相次ぐ大災害となりました。
 大崎市では、震源地の岩手県内陸南部や隣接の栗原市に比べて大惨事に至らずに済んだものの、人的被害、住宅、水道等のライフライン、道路の被害、上野目小学校をはじめとする公共施設の被害等、多くの被害を受けました。
被災された皆様に心からお見舞いを申し上げ、1日も早い復旧に全力で取り組んでまいります。また、今回の被災にあたり、各方面から暖かい支援をいただきました。国や各政党、県・県議会の調査や激励の来訪、台東区や当別町など姉妹都市からのお見舞い、災害協定を締結していた各機関、団体の皆様からも早速に対応をいただきました。心より感謝申し上げます。
 つい1か月前、中国の四川省大地震で衝撃を受けた矢先のことでした。6月8日、岩出山では防災ヘリを活用して大規模地震を想定した訓練を、川渡では土砂災害に対する警戒避難訓練を実施したばかりでした。被災2日前の12日には宮城県沖地震の発生から30年目を迎え、被災の記憶を風化させまいと、気持ちを引き締めた直後での地震発生でした。
 私たちはこれまで、国の調査委員会が発表した「宮城県では30年以内に99%の確立で発生する海溝型の大地震(予想M7.5)」への警戒感は強かったものの、内陸地震への警戒はやや薄かったのではないでしょうか。
今回の地震との関係は分かっていませんが、300年以内の地震発生確率は「ほぼ0%」と言われていた震源地付近の北上低地西縁断層帯をはじめ、日本国内には約2,000もの活断層が存在します。この地震列島に生きる以上、地震はいつどこで私たちを襲うかわからないのです。
 宮城県の災害史を見ると、県北地方に甚大な被害をもたらした内陸型大地震は、明治33年(1900)の遠田郡が震源地と思われる地震(M7.3)、昭和37年(1962)の宮城県北部地震(M6.5)、平成15年(2003)の宮城県北部連続地震(M5.6、M6.4、M5.5)、そして今回と、およそ100年の間に4回も発生しています。
 地震大国日本。いつどこで地震が起きても不思議でない、それをあらためて知らしめた地震でした。市民一人ひとりが日常生活のなかで、防災への備えを基本としての「自助」、自主防災組織や地域防災力増強の「共助」、国や自治体の防災、減災体制強化の「公助」の連携を一層密にし、次の災いに生かしていきたいものです。
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